2009/04/17

TAKARA TOMYお客様相談室

昨年の夏に、「トミカの自動車修理工場」なる電動ベルトコンベアのついたおもちゃを買い与えた。買ってすぐに、このおもちゃのメインの売りであるそのベルトコンベアがいとも簡単に動作しなくなり、「トミカの自動車修理工場」のほうが修理が必要になった。だがここでふと考えた。

このおもちゃには保証書がない。

メーカーは一体どうやって保障してくれるんだろう?半分あきらめかけていた。結局、子供のおもちゃなんて、一度壊れればそれでおしまいさってネ。
壊れて楽しくなくなったおもちゃは箱に入れられて納戸の奥にしまわれてしまった。
でも、最近ふと思い立って、メーカーのお客様相談室に電話してみた。すると、保証書ははじめからなかったが、「レシートがあるか?」などとゲスなことも聞かずに気持ちよくおもちゃを直してくれるというのだ。送料は片道分負担。
一週間ほどして修理された修理工場が返ってきた。なんと、修理ではなく本体交換をしてくれていた。保証期間もなくここまで対応してくれるメーカーに感謝、感謝。仕事はこうあるべきというお手本を見た気がしたぞー。
TAKARA TOMYバンザーイ!!

2009/03/15

徹夜

この年になると週に2回の徹夜はキツイ。
この仕事をしているとどうしても「夜のお仕事」になることがある。
大抵は夜間の運用時間の隙間をかいくぐって何かやったりするのだが、それであれば予定作業ということで調整もできるし納得もいくってもんだ。でも、自分ひとりの都合で終わらない仕事のために夜な夜な一人でオフィスでがんばらなければならない自分の能力のなさには腹が立つ。仕事をスケジュールまでにまとめ上げる能力(これは前向きでいいこと)、どこかで区切りをつけてテキトーに妥協できる能力(ある種どうなの?と思えることだが以外と大事だったりする)。できる人は、さっさと片付けてちゃんと帰っているのだ。こんなものが備わっていたらきっと徹夜なんかしてないんだろうなーとつくづく思う。
みんなは、仕事が多すぎるせいだとかいろいろ良くは言ってくれるけど、あまりわが社の社員に徹夜族を見ないので、単に自分の仕事の仕方に問題があるのだろう。
今さらだが、仕事の仕方について勉強しなおそう。
まずは、テキトーから覚えていくことにするか...。

2009/01/16

Sちゃん退職!!!!

日本で第2の弊社製品の有識者のSちゃん、退職!!!!
この業界に与えるインパクトは本人が思う以上に大きいのだ。
特に!ウチは本当に困るのだ!!!

何ものにも変えがたい。宝だ。
企業は人なり。
本当にそう思うのだ。
逆に、Sちゃんを引き止められなかった現企業のふところの深さの限界
見た気がする。
決して批判ではないが、人のココロとは難しいものよ。

さて、自分はと言えば。
よくこれだけ使いづらい人間を使ってくれているものだと思う。
決してyesマンではないのに。
そんなうちの会社がスキだ

2008/12/26

有給残44日

今日でうちの会社は仕事納めです。
個人的にはまだ週末も明けて月曜もありそうだけど。
今日も徹夜明けだったし。

先日今年の有給残日数を確認して見た。最近、有給残日数がどれだけあるかなんて気にしながら休暇
予定を立てたことがない。
で、気がついたらあと44日も残ってた。
今日で仕事納めだから、もう使うチャンスがないじゃん!
振り返ると今年もヒドかったなぁ。
来年は良い年になりますように。

2008/12/02

ボロ雑巾の正しい使い方

久しぶりに吉野家に行った。
特盛をオーダーしたけど何だか肉が少ない。
おそらくは値上げの代わりに肉を減らしたのだろうが、すでに名前負けメニューの仲間入り決定ですな。
大盛もきっと肉は減らされているのだろうが、こちらはご飯の量が変わらなければ、まだガマンできるかもしれない。

並盛お代りの方がまだマシか?

食べていて、30年くらい前に知合いが、吉野家の牛丼の肉を「ボロ雑巾のような」と形容していたのを思い出した。
同時に、牛丼をキレイに食べる裏ワザをある外人に伝授したのも思い出した。
それは、肉の最後の一切れを残しておいて、それでどんぶりに残ったご飯粒を拭くように集めて一気にかきこむ、というものだ。


ボロ雑巾の正しい使い方…今日の俺の特盛に対する満たされない想いにピッタリだ。

2008/11/22

いちげベーカリー

今日は7Fの冷蔵庫に置き去りにされたサンドイッチをごちそうになった。

いちげベーカリー製ハムサンド。

やさしい昔ながらのサンドイッチの味。おいしかった。
ごちそうさまでした。

なにもだまって冷蔵庫をあさって、偶然見つけた、いつだれが忘れたか分からないサンドイッチを、拝借したわけではない。
「サンドイッチを忘れたので代わりに食べてほしい」とちゃんと持ち主から携帯メールに入ってた。
ただ、気づいたのがオフィスを出た後だったので、戻ろうかどうしようかちょっと迷った。
というのも、このオフィスの7Fは「出る」のだ。あれが。
誰かは、窓越しに影が通ったとか、物音がするとかいうし、自分は10Fから1Fに真夜中にエレベータで降りる途中に7Fで停止し、真っ暗なエレベータホールからは誰も乗ってこなかったことがあった。
でも、今日はお腹がすいていたので思い切ってサンドイッチ回収班を派遣し、真っ暗な誰もいないオフィスに入り、無事任務完了。
まぁ、実はこの前にサーバーの再起動のために7Fマシンルームにいたので、怖いのには慣れていたのだ。
どおってことないさー。
ヒュー ドロドロ
(たしか、サンドイッチの話だったよな...)

2008/11/08

Damien Rice

今日はなぜか、Damien Riceのアルバム「O」の
「Cannonball」が心にしみる。
これは、2006年に、酔っ払ったJames Adamsに
教わったアーティストだった。

その晩、神谷さんにしこたま日本酒を飲まされた彼は、
何故か直接TOKYO DOME HOTELに帰らず、残業していた俺の様子を見
るために水道橋オフスに立ち寄ったのだった。

それまで、ある顧客の提案作成にスペシャリストとしてU.Kから招
いて毎晩のように深夜まで残業を強いて、ろくに晩ご飯も食べさせてあげ
られなかった。確かに、インフルエンザの時期でもあったし、過労で倒れ
られてはいけないと、真剣に彼の健康に気を配ったのも事実だ。
でも、なにより彼が好きだった。
それまでの過程で俺と彼の間には戦友のような感情が出来上がっていたの
だと思う。本当に苦しい仕事だった。

そこで、酔った彼が俺に聴かせた歌が、Damien RiceのCannonball
だった。MD3プレヤーのヘッドホンの片方を貸して聴かせてくれた
のだった。
その時、なぜか心が震えた。
魂が共鳴した。
アイルランドのフォークシンガーだ、いいだろう、みたいなことを言った
と思う。でも、その時教えてもらったアーティストの名前を覚えていられ
なかった。
今年、2008年になって、なぜかそれが気になって、Jamesに
聞いて見た。
「あれはだれだったの?」
酔った彼は覚えているはずもなく、その時、俺の問いに彼は答えることができなかった。


U.Sの人間ならここで終わり。
でも、彼はU.Kのジェントルマンの国の人なのだ。
忘れた頃に突然彼からメールが舞い込んできた。
Damien Rice
アルバムは、O

嬉しかった。


日本では、たった6週間の付き合いだったのに、これまで彼はいつも俺の味方だ。俺も。